ケンシロウ日記

思ったことを思いつくままに。

あなたじゃないとできないことがあるわ。

前回からの続きです。

(精神的に疲労しきっていた私は、資格受験のための講座も中断して夫の勧めで故郷に)

 

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10日ほど家を空け、気の置けない友人と話をしたり、毎日、自然に触れながら、私は少しずつそしてあっという間に自分を取り戻し、東京に帰りました。それからは、冷静になった頭で娘と学校のことも考えることができ、家族で話し合いをしながら、おかげさまで今は娘も元気に学校生活を楽しんでいます。

 

 

「国家資格を通ったらご連絡させていただこう」

そう思っていただいた、マイコ先生の名刺でしたが、ご承知のように待てど暮らせど、国家試験に通らないわけですよ。本当にいい加減にしてほしい。このままでは、存在も忘れられてしまう。

 

 

そこである日、私はマイコ先生の名刺に書いてあるメールアドレスに連絡をします。

 

国家試験に合格したら、自分へのご褒美にご連絡をさせていただきたかったこと。しかし、惨敗続きなこと。いつになったら連絡できるかわからないと思ったこと。GCDF(民間資格)は合格したので、これを言い訳としてメールを送らせていただいていること。

そして、先生のようになりたいと憧れており、是非1度何時でも何処でも構いません、ご一緒させていただけないでしょうかと。

 

 

図々しいにも程があります。また、国家資格に合格していないことから、先生を利用する様に(いろいろと教えていただくこと等)感じられたらどうしようという不安もありました。

緊張している私に先生からOKの返事をいただくのです。

 

しかも、銀座の素敵なレストランを先生自ら予約してくださいました。申し訳ないです。ありがとうございます。

 

こんなナンパ女をまともに相手してくださるなんて感涙。この当時、国家試験にも就職活動にも落ちまくっていた最中だったので、久しぶりの嬉しい出来事でした。

 

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フランス料理のコース。マイコ先生が予約してくださったクーポンで、シャンパンまでいただくことができ、料理は美味しいはで最高でした。

 

この時に、たくさんのいろんなお話をするんですが、さすがは先生、聞き上手で。聞かれるがままに何でもかんでもポンポンポンポン喋ってしまった。

 

リクルートで働いていたこと。働きたいけど就職活動は上手くいかず、書類選考落ちが続いていること。仲間には、自分で(仕事を)始めろ、と言われるけど自信もないことなど。

あの講座を中断する時、精神的に限界を感じていたこと。私は営業が本職だったので、カウンセリングは真逆で、しかも落ち続けて自信がないこと。娘は育てにくい子どもで、相当に苦労したこと。何度も限界を感じながらブログを書いていて(別ブロク)、読者の方に救われながら、今、現在まできていること。など。

 

 

マイコ先生。「ブログはお子さんのことを書いているの?」

「はい。わたしのように、子育てに苦労している人は多いんです。私が娘の悪口も言いたい放題書いているので、共感して応援してくださる方もいて」

 

 

先生は少し黙った後、おっしゃいました。

シェリナナちゃん。国家資格、取りなさいね。シェリナナちゃんじゃないとできないことがあるわ」

「そんなのあるんでしょうか…」

「苦しんでいるお母さんの力になること。それは私にはできないわ。シェリナナちゃんがやらなくちゃいけないことじゃない?」

 

え?

 

ちょっと考えてもいなかったことでした。

先生は独身でお子さんはいらっしゃいません。

 

 

私はなんとなく曖昧に話題を変えました。


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続きます。



画像by pastel flower さん  


一目惚れした憧れの人

一目惚れした憧れの人

 

50代の私が将来を語るのも、ちょっと気恥ずかしい気もするんですが、これから先、こんな女性になりたいなあと思う女性がいます。

 

キャリアコンサルタントの受講でお目にかかることができた講師の先生です。

 

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もともと私は別の先生の講義を受けていたんですが、たまたま欠席した振り替えの補講で出会ったのがこの先生でした。同席した他の生徒さんからの噂によると、 60代になられたばかりと言う。 60代には見えないキュートで可愛らしい先生でした。 キュートといっても、もちろんキャピキャピしたものではなく、落ち着いた女性らしい可愛らしさ。

私が先生の何に惹かれたかというと、表だってはっきりは見えない先生の思いでした。

私の好きなマイケル・ジャクソンからマイコー先生→マイコ先生と呼ぶことにします。

 

 

私は松岡修造さんみたいに熱い人も好きですが。その先生は真逆のタイプです。

 

私が受けた講義は、ちょうどキャリアカウンセラーという資格が、まさにこれから国家資格に移行するという時で、ですから先生たちも、教える内容の基本は変わらなくても、やはりどのような問題になるかという少しざわざわした状態だったようです。実際、それぞれの講義で、いろんな先生方がオブザーバーとして後方に座っておられる姿がよく見られました。後で聞いた話では、やはりお互いの教え方などを、先生方同士、勉強なさっていたということでした。

 

 

受講生の全員が、当然、国家資格を目指しているわけで、講師の先生も、そりゃあ受からせたいという気持ちはおありでしょう。でも、実際、授業受けていて、そういう思いみたいなものは、さほど感じるものではありませんでした。それが悪いというわけでもなく。

 

 

極端な例ですが、松岡修造が講師だったとして「絶対合格するぞーーーーーーーっ!!」と、額にハチマキをして拳を突き出されれば、(この先生、私たちを合格させようと思ってくれているんだな)とわかりやすい。

 

マイコ先生の授業は、松岡修造とは違いギラギラとは真逆。知的なその話し方には、むしろ熱さなどは感じずに進んでいくのですが、発せられる言葉の端々に、「私たちを合格させたい」という気持ちがぐんぐん感じられるわけです。

「もうね。なんか心配になっちゃって」、と少し困った顔をしながら、ホワイトボードに手作りの資料をマグネットで貼られる姿を見て、なんだか私、感動したんですよね。わざわざ時間をかけて作ってこられたんだ。しかも、わかりやすい!

ホワイトボードをスマホのカメラで撮って、一緒に勉強している本来のコースの受講生仲間と共有したら、すごく喜ばれました

「なんか心配になっちゃって」。初めての国家資格化された試験を控えて、問題を作る立場ではない以上、ある程度の問題予測を立てる事は出来ても、誠実であればあるほどに自信満々にはならないのではないでしょうか。

 

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私は、キャリアコンサルタントになりたいというよりも、「仕事」というものがそもそも好きで、この資格に興味があるというのが勉強を始めたきっかけでした。誰かに喜ばれる、役に立てる仕事はしたいけれど「カウンセラーになりたい」という気持ちはさほどありませんでした。フリーランスで仕事をするよりも、就職をして、大きな枠組みの中で自由にやりたい。就活での年齢をカバーするためにも資格を活かして就職の武器にしたいとは考えていましたが。

受講生への誠意ある姿勢を持つマイコ先生を見ていて初めて漠然と、こんな仕事がしたい、そして先生みたいな女性になりたい、文字通りあっという間に密かに憧れるようになったのでした。

 

だけど、先生は私の担当講師ではなく、たまたま偶然出会っただけの別のコースの講師。自分の心の中だけでロールモデル(こうなりたいという理想のモデル)として追いかけていきたい。そんな気持ちでいました。

 

 

そうして講座を受けていた私でしたが。

 

 

 

講座の中断。遠くに家出する。

 

 

 

娘の中学入学を機に受講し勉強を始めた講座でしたが、時同じくして、娘は新しい環境にうまく適応できず、様々な問題が次から次と起こっている状態でした。受講中や帰宅途中の電車の中で何度も学校からの着信があり、途中下車してトイレの中から電話折り返すことも度々ありました。新しく学ぶことに期待でワクワクしていた私でしたが、それは見る見る萎んでいきます。娘は学校生活のストレスが自宅で一気に爆発する日々。私は宿題として出される課題をこなすことも辛くなっていく。いつの間にか、授業は全く頭の中に入らず、実技であるカウンセリングのロールプレイングでは、クライアント役を前に、頭の中が真っ白になり、言葉すら出ない有様となっていきました。

 

これ以上続けても、勉強することは全く頭に残らないし、受験して合格することはできない。悩んだ挙句、私は講座の中断と、最初の受験断念を決めました。食欲もなくし、思考力もなくなるような状態に陥っていました。

そして。

私は夫に勧められ、心身の回復を目標に友人の協力を得て一時、故郷に身を移すことになるのでした。

 

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最後の授業

 

 

受講していたコースで私の最後の授業となったその日。授業の終わりに、担当講師の先生から私が一旦、コースから降りることを15名ほどの仲間に伝えられました。一瞬にして しーんと静まり返った教室。

 

お昼休みに一緒になった仲間の一人に、一旦のリタイアを告げた時、「シェリナナさんとはこれからも会いたいです。連絡していいですか」と聞いてきてくれた方の言葉が嬉しく、私もそうでありたいと思い。だから、本当は話すつもりはなかったんですが、先生に了承を得て、どうして中断に至ったのか、最低限のことをみんなの前で話をしました。

家庭の問題で精神が疲弊してしまい、勉強が続けられなくなったこと。夫と話し合い、しばらく家を離れることにしたこと。涙ぐんでいたかもしれません。

 

悔しかった。

無念でした。

せっかくここまで来たのにって。

みんなと一緒に講座を終えて受験がしたかった。唇を噛みながら、仲間にお別れを伝えました。

 

……、まぁその後、全受講を終えてから、軒並み受験が失敗することが分かっていたら、あんなにセンチメンタルな気持ちには恥ずかしくてとてもならなかったんですけど。

 

 

 

その日の授業がすべて終了していた時だったので、私の挨拶で解散となります。仲間に肩を叩かれながら、そして連絡先を交換し合いながら私の短いその講座コースは終了となりました。

 

実はこの日。振替講義でお世話になった、あのマイコ先生がオブザーバーとして数人の先生方と一緒に授業を見ていらっしゃったのです。

これを運命と言わずして何と言いましょう。

 

私は帰宅するために教材の入った重いバッグを肩に、オブザーバー席の1番前に座っていらっしゃるマイコ先生のもとに近づきました。

「先生、覚えていただいていますか。振替講義でお世話になった〇〇です。不躾なお願いですが、名刺を頂けませんでしょうか」

先生は、私の中断決断に対して、真剣な眼差しでエールをくださり……。

 

 

名刺、ゲーーット!!!

 

 

いつか国家資格を通ったらご連絡させていただこう。それを励みに頑張ろう。

 

こうして、マイコ先生とも、担当の講師の先生や受講コースの仲間とも一旦、お別れをしたのでした。

 

続く。


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※ 今更ですが、はてなブログ、コメントの返信ができないんですね。

励みになります。ありがとうございました!

就職活動戦績

国家資格キャリアコンサルタント、遂に合格しました!

今年も残すところ3ヶ月を切ったところで、ついに4度目の正直で、就活同様!不合格続きだった国家試験を無事合格することができました。ありがとう  ありがとう!!うっすら微笑んで、天皇陛下か皇后様みたいに手のひらをみんなに向けて前後に震わせながら喝采を浴びる気分で「ありがとう」を書きました。

長かったわ。本当に長かった。何が嬉しいって、もう受けなくていいことが受かったことより嬉しいかも。

見事なテクニックで合格のプレッシャーをかけてきた可愛い娘を前に、このままじゃ終われない、と思っていたからな。合格できて本当に良かった。

「諦めなければ願いは叶うのよ!」 希望という名の私の背中を娘に見せるべく、興奮する気持ちを抑えて娘に報告したところ、彼女の返事は「うん」でした。

「うん」ってなんだよ!「うん」ってーーー!!

 

その時の会話。

 

私 「あの試験、遂に合格したよ! 」

娘 「うん」

私 「うん、じゃなくてさー。もう少し何か言ってよ」

娘 「あのさ」

私 (ワクワク♪)

娘 「ゲームのソフト、買ってくれないよね? 」

私 「買いません」

 

まぁね。いいけど別に。どういう子かなと思ってみれば、確かにこういう子だし。

 

それにしても、試験のほうは、実感としては実技がうまくいかなくて不合格を確信して、試験後に渋谷の街を泣きながらさまよい歩いたほどだったんですけど、結果は判定B以上が合格ラインのものが、オールA判定でした。自慢。

 

 

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こんなに何回も落ちて恥ずかしい思いしているんだから、自慢ぐらいさせてもらっても読者の方もきっと「かわいそうだったしな」「大した点数でもなさそうなのにこんなの自慢になるのかね」と、温かい目で見てくださるだろう。

 

 

就職活動戦績

 

さて。 今年に入ってからの就職活動戦績をお伝えしております。

最初の頃に落ちた会社からのメールと、大学からの封書による書類選考落ちのご丁寧な連絡は、とっとと捨ててしまったのでありません。

まさかこんなにブログのネタになるほどに敗戦が続くとは思ってもいませんでしたから。全部取っていたら割と見応えのある画像だったと思うのに、なんちゃってブロガーとしては非常に残念です。ほんの一部を。

 

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大学からの封書って腹立ちますよー。応募締め切りから考えて、2週間も面接の連絡がなかったら、(ダメだったんだな)くらいわかります。こっちだって覚悟もしていたいですし。それがね。どの大学もふた月近く放置した挙句、不採用通知を丁寧に送って来てくださいます。……いらんがな。

 

応募した後、2週間なら、自分にダメだと言い聞かせる事をせずに済むから欲しいけど、ふた月放置後はもういらん! 傷口に塩を塗りこむような真似は本当にやめてほしい。多分、事務的に送らなければならないんだろうけど。実に学校っぽいよね。そうよ、こんな納得いかない仕事をする学校なんて、私に合うはずがないんだわ。

あー、わかってよかった! 

 

……そうよ。強がりよ。わかってるわよ。

学校からの遅い連絡も腹が立つけど、会社からの書類選考落ちメールが早々にくるのも、それはそれで腹が立つ。書類選考通過した方にのみ面接のご連絡を差し上げます、なんてのも、いつまでとハッキリ言って欲しい。振られる女の身にもなれ。

我ながら切ない話や。

連続で人生にダメだしされているようで、思った以上に打撃は強くて打ちのめされそうになるわ。

 

2,30社落ちるのを覚悟しようと思っても、思う求人もそんなにはない。2.30社を受け終わる頃には還暦でも迎えていそう。そしたらもっと就職は厳しくなる。というか、まだやんのかって話しよね。しかも、肉体的にもそろそろ何かがあってもおかしくない年頃に突入もするし、生きてるかどうかも分かったもんじゃない。

時々 、どこでもいいからと応募に飛び込みそうになるけど、断じて拒否したいのはフルタイムによる都内の通勤電車。真面目な話、私は身長が低いので埋もれて苦しい。新しい職場というだけでストレスがかかるのに、朝からあんな目に遭うのはごめんだ。まぁ、「ごめんだ」なんて言うのも、受かってから言えよって話だけど。

 

 

 

ところで。私には10年後、こんな女性になりたいなというロールモデルと言うべき憧れている先生がいます。キャリアコンサルタントの受講で1度だけ講義を受けて、一目惚れをしてしまった先生です。最近も、ランチをご一緒させていただいて私の就活の惨状をお伝えしました。 次回はこの先生とお会いした時の話を聞いてください。

 

三日坊主が続かないと、さすがの私もこれ以上「また明日!」と白々しく言えなくなってきたので、「できるだけ早く続きを書きます!」とだけ言わせて下さい。

読んでくださって本当にありがとうございます!!

また明日!あっ、言っちゃった!へへへ。

 

 

※eikosatokoさん。いつもお声がけいただいてありがとうございます。結局昨日もサボりましたが、今日書けたのはeikosatokoさんのおかげです。書けると心のデトックスになるようで、すっきりするんです。

tetsujinさんも、あんなくだらない記事に☆をありがとうございました。

 

 

 

私の偉いところ。

今、このブログを開いてみてものすごくびっくりしたんですけどね。私、はてなブログというのがまだよくわかっていませんで。頂いているスター☆の意味とかもわからないんですが、応援して頂いているということだけは、もちろんわかります。それが前の記事に思いがけずもあんなに沢山いただいて。ああ、このブログも読んでいただけてるんだなあと、ホッと嬉しく思っている次第です。書類選考全落ちの私へのあたたかいエールだと思って、涙を拭って立ち上がります。

 

どうもありがとうございます!

 

それではまた!

 

 

いえ、ふざけているわけではなくて。毎日書きたいと思いつつ、就職活動で踏み潰されたあげくの考えなければいけないアレコレや、勉強しないといけないことが山積みで、ついでに可愛い可愛い娘は次々と難題を振りかざすはで、神経が疲れて吐きそうになっているのです。書きたいことはたくさんあるのに書けないのです。

 

でも、星☆によって、読んでくださっている方がいるんだという事を知らせていただいているしな。これを励みに明日はちゃんと書くぞ。

毎日書くと宣誓までしたのは誰だよ!  私だよ!

歳をとるとこうまで図々しくなるもんなんだなと、自分でもびっくりします。

 

でも私の偉いところは、三日坊主にすらならずとも、何度も三日坊主を目指すところだと思います。そんなわけで、どうぞお見捨て無きよう、今後ともよろしくお願い致します。

ではまた明日、お会いできることを心から祈っています。頼むよ私。

 

 

就活。採用側の事情の一つ。

 

今年最初の就職活動を書類選考で落とされる

 

その企業によって求められる経験や能力は違います。職務経歴書も、その企業がどういう人材を必要としているか、考慮した上で内容を追加訂正しながら作り替える必要があります。例えばここに書いているキャリアや経験も、受ける企業や職種によってアピールポイントは変わるわけです。

 

私はキャリアカウンセラーの勉強をしていますし、また採用経験もそれなりにあるので、自己分析はある程度できます。念のため、履歴書と職務経歴書を、知り合いのキャリアコンサルタントに見せ、意見を求めましたが、書類に不手際はなく、彼らの見立ては「年齢とブランク、カウンセラーや講師としての経験実践不足。高条件のための競争相手に見込まれるレベルの高さと見込まれる応募総数の多さ」。

 

 

どう慰められても、凹みますけどね。

資格試験もそうですけど、 1度や2度落とされても、なにくそと奮起することができます。でもね。これ、続くと本当にきつい。 

 

なんというか、社会から「キミは必要ないよ」と、強くダメ出しされる気分に陥ります。あなたはダメだ、ダメだ、ダメだ!って。

 

奮起するにも程がある。自己肯定感ダダ下がり。それでも自分の力を信じて、なんて、そんなに簡単じゃない。歳をとると立ち上がるのも「よっこいしょ」って、力が入るでしょ。ひと様がそろそろ定年退職後の生き方を考える最中、私は今頃になって、こんなに心を疲弊させながら一体何をやっているんだろうって。Mなのかなって。

 

だけどここで止めてしまったら。

何と言うかな。

私は自分が望む人生を生ききらずに終わってしまうような気がするんですよ。私の人生って何なんだったんだろうって。

経験した事を無駄にしたくないという気持ちもあります。就活のきっかけは、単純に娘の教育費が想定以上にかかることではあったけれど、トライを続けていられるのは、学費だけのことではないでしょう。

 

今の私にとって人生における優先順位の第一位は家族です。こんなことを言うことだって以前の私には、考えられないことなんですけど。

でもですね。大事なことの第一が家族でも、私の人生は私のもの。

娘の人生が娘のものであるように。

夫の人生が夫のものであるように。

死ぬときに、家族のためにあれもこれもできなかったなーなんて、微塵も思いたくない。それは家族に対しても、とても失礼な話だと思う。

 

 

採用側だったときの私の事情

 

話を戻しますけど。私が、採用担当者として選考していた経験を思い出せば。例えば1番応募が多かったのは、新版立ち上げのときで、300人を超える応募がありました。ホテルの大会場を貸し切り、5人程度の集団面接を次々に行います。履歴書は流し見のようにして振り分けていかなければ対応できませんでした。

2日間に分けて行った採用面接を終えたその夜、面接を通過した数十通の履歴書を前に、上司らと検討しました。

 

30代だった私が、一緒に働きたいと感じた人の多くは40代でした。20代、30代の応募者よりも魅力的に、また精力的に感じる人が多く、数字も見込めそうでした。情報誌といえば、編集の仕事を想像されるかもしれませんが、あくまでメインは営業です。経験者は即戦力にもなりますし。50代は…、いらしたのか、採用検討に入れなかったのか。応募があったかどうかすら記憶にありません。傲慢と言えば傲慢かもしれませんが、その時の私は自分なりの任務を全うするのに必死でした。なんとしても新版を成功させたい。

 40代の方を何人かピックアップしていた時、上司に言われました。「お前、その人たちをマネジメントできるのか? 」

 

私はハッとします。当時、私は営業チーフという肩書きを与えられていました。編集長だったその上司は、他版も兼任されていて。実際に現場での多くの時間、メンバーを率いて指導育成し、版の数字を追うミッションは私に課せられていました。私より年上で経験値もある40代のメンバーの割合が多ければ、様々なことがやりにくくなるかもしれない。いえ、実際はそうでは無いかもしれません。でも、それを採用時に於いて、お一人お一人確認するために時間を割く時間的余裕がないのです。しかも、私が担当する媒体のターゲット層は20代30代の女性でした。 40代の感性よりも、私にない20代の感性も欲しい。

結局、 40代の採用は1人を除いて、他全て見送りました。

 

昨年、代理店の営業指導を頼まれて、ある仕事に関わりました。そのまだ新しい知名度もない会社で求人を出されるとき、面接に来られるのは50代が多く、その都度、社長はがっくりと肩を落とし、それに同調していたのは他でもない私。年上の方に指導となると気も遣う。やりにくいイメージが先立つことは否めません。やり方が固定されている方が多く、指導してもなかなか入らないからです。

  

年齢によって、採用差別することは許されていません

 

キャリアカウンセラーの勉強のためにも通ったハローワークでは、たまたま募集があっていた他所のハローワークでの就業を勧められました。週5のフルタイム。仕事は就業相談対応。通勤も十分に可能でした。年上と見える担当女性、ハローワークが年齢差別するわけにはいかないでしょ。ここが年齢がネックになることはないから安心して」「 50歳なら若いくらいよ!」「キャリアカウンセラー資格があれば、今のタイミングなら決まると思うわよ」

 

でもな。

 

職業の選択方法はいろいろあり、また、やろうと思う仕事に対する優先順位も人それぞれです。私は、今現在、通勤での週5フルタイムは全く考えていません。あれほど仕事が好きだった私ですが、現在の私の優先順位の第一位は先にも言ったように家族です。しかも、結構なパワーを使う家族です (割と果てしないです!)。

自身の体力の無さも含めて考えて、全力投球で仕事ができる時間は明確にしていました。

 

キャリアカウンセラーとしての仕事においての年齢は、決してマイナスなだけではありません。むしろ活かされる場合が多いといえます。それも見込んで取得した資格でした。しかし資格を活かして、就業したいと思ったとき、経験不足を以ってしての年齢とブランクは大きく、自分が入りたいと願う企業に採用されるハードルは私が思っていた以上に高く厳しいものでした。

 

 

その後、この数ヶ月。 2つの企業と3つの学校に履歴書と職務経歴書送り、その全てが、面接に行き着かず書類選考で落とされました。見事全滅!!

 

しかも、キャリアコンサルタントの国家資格も落ち続けていました。

 

 

…腹の立つ不採用通知のいくつかの画像をここに貼りたかったんですが(メールとか、封書での文書とか(T-T)) 

諸々上手くいかなくて、とっても面倒くさいのでやめました。

 

貼ってからの更新を、と考え放置しましたが、いつになるのか自分が信用できないので更新して先にいきます。

 

それではまた!

 

50歳からの就職活動。

 2ヶ月ぐらい前までに書いていた以下の下書きがあるにもかかわらず、「毎日更新!」という堂々とした宣誓を、こうも見事にストップさせるとは我ながら思っていませんでした。さすがだな、私。

前回の記事「また明日」とか書いてて、今、自分でびっくりしました。もしもしも、私の言葉を信じてここを連日訪問してくださった方がいらしたら、その方には心からお詫びしたいです。こんな私ですみません。

50過ぎたら、体力的にも精神的にも無理はいかん。書けなかった分は、 ひと月以内にリカバリすれば良し! と、誓いを改めました。いや、しかし三日坊主にもならなかったというのは…。歳をとると図々しくなるっていうのこういうことなのかな。関係あるかな。ともかく現状に追いつかせるまでのここまでのあれこれの続きです。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 (前回記事からの続きです)

 

さて2次会は。

 

「元編集長は必ず参加」という呼びかけに応じ、見知った人が多い時間になりました。

シェリナナさん、今何やってるんですか」。ここの場所で、何もやってないのは私だけ…。独立してる人、大企業に転職した人、会社に残っている人は当時の私からしたら見上げるような地位を築いていて。みんな色んなキャリアを積んでいる。

 

「子どもにお金もかかってて働かなくちゃいけないんだけどね」と答えると、「うちに来ませんか」と、結構な声をかけてもらえた。でもな。あの頃みたいに、私もう働けない。体力的にも、能力的にも、精神的にも。期待に応えようと無理もしたくない。自分の責任においてのみ働きたい。声をかけてくれてる人の期待を裏切りたくもない。

恋人よりプライベートより、好きで何より仕事を優先させていた私でしたが、今の私に、家族以上の優先順位はない。「家族以上の優先順位はない」だなんて、断言してる所に自分でびっくりしますけど。家族愛がどうとか、そういう高尚なことではなくて、自分に過度な負担をかけたくないということだな。もし家族が、私がいなくても上手く機能して、それなりに仲良くやっていけるのであれば、また違った気持ちも湧き上がるのかもしれないけど。なんせ小面倒な家族でしてね。

新しく仕事をする上での、体調管理を含めた、責任を持って仕事ができると思う時間目安は明確にしています。家庭や子育てにしがらみのない前提での30代だったら飛びつきたくなるような話でも、 50代になった私にとって魅力的な話はありませんでしたし、条件提示して自分を売り込むほどの自信はもうさっぱりない。あえて説明なんてしないけど、皆が知っているのは、がむしゃらに夢中で働いていた私の姿。今の私じゃないことを私は知っている。

 

 

私の同期で当時編集長をやっていた2名も参加。 私より年上の1人は独立し、年下の1人はリクルートに残り、今は分社化されたその会社で、全国の管理職やっていました。

年下の同期と隣の席で飲んだとき、彼が、言ってくれました。

シェリナナさん、何かやってくださいよ。もったいないですよ」

 

実は私、その時に、応募したい求人がありました。リクルートの子会社でした。求人はフルタイムではなく、私が持つキャリアカウンセラー資格(民間)があれば、という、キャリアや進学相談の講師の仕事です。 さすがのリクルート。報酬は 1万5,000円/ 50分。仕事は単発で固定でないところも私には好都合。

しかし報酬がいいという事は、求められるものがそれだけ大きいということです。

資格は取ったばかりだし、現在中学生の娘が小学4年生になる時に、学童保育がなくなるのを機に仕事を辞めて以来の長期ブランクもある。私にはハードルが高い。きっと無理だろうな。

 

「実はね。興味があって受けたい仕事はあるんだけどね」 年齢的にもブランク的にも、ちょっと自信がないのだと、彼に、この話を打ち明けました。

 

と、彼は体をぐいっとこちら側に向けて、こういったのです。「シェリナナさん。うちでGM(マネージャー・編集長)やってたのって、そんな(落とされるよう)に評価低くないですよ! 受けてくださいよ。絶対いけますって。ここにも誰か(志望会社に)繋がりある人いるんじゃないですかね。(←全員に聞いて回るわけにもいかず)。」

そうかなぁ、と言いながら、だんだんに乗せられて、へへへとその気になっていく私。

 

その求人の締め切りは2日後でした。私は東京に戻ると大急ぎで履歴書と職務経歴書を作成し、データで送ったのでした。

 

職務経歴書に、追加あるいは訂正すべきか迷った箇所がありました。でも時間もないしな。面接の時に必要であれば口頭で説明すればいいと考えました。

履歴書の写真も、追加料金を払って綺麗にしてもらうこともできましたが止めました。 面接で実物を見られた時に「げ。写真、細工してね??」 と,悲しいことを思われるよりも、 「写真は不細工だけど、実物はまだ見られるな」 の方がいいかなって思ったんですよね。いえ、追加料金がもったいなかったっていうのが1番の理由ですけど。

就活中のみなさん。キャリアカウンセラーとして一言アドバイスします。これ、大間違いですから。履歴書は顔。少しでも印象の良いものにしてください。

 

 

結果。

 

 

書類選考落ち。面接にすら行き着かず。

 

 

同期の彼に持ち上げられた感は否めないけど。恥ずかしい話。採用になるかどうかはともかく、書類選考落ちするとは夢にも思っていませんでした。前述したようにブランクは確かにあるけど、職務経歴書もそう悪いものではなかったと思う。

 

履歴書や、職務経歴書の書き方に問題もなかったと思うけど、それでも、よりアピールする部分での反省点はいくつもありました。あの仕事、やりたかったな。仕方ない。次は頑張ろう。

 

私は、同期の男性に結果をメール。 「そうですか。駄目だったんですね。シェリナナさんで通らない書類選考などないと思っていましたがごめんなさい。でもシェリナナさんの仕事の流儀とキャラは今でも鮮明に思い出せるほど素敵なものなので、〇〇なんかよりもっといい仕事が見つかりますよ!」 

流儀と言えるほどのものは持ち合わせていないけど、彼の言葉にも励まされて、また次頑張ろう、と思うのでした。・・・。

 

今、この時から数ヶ月を経て、彼からの返信を改めて読んだのだけど、仕事を本気で必死で楽しく頑張っていたあの時代。なんだかすごく遠いなあ。

 

時は3月。これが今年最初の就職活動でした。

 

 

一大イベントの同窓会

前職での同窓会が行われたという話の続きを。

各地から集まった100名を超える、同じ思いを抱えていた当時のメンバーが揃いました。当時の事業部長のもとに集結しているので、編集長や本部の諸先輩方が揃われていて、すごく興奮した時間でした。

 

 

同窓会と言っても単なる集まりではなく、まさに一大イベント。幹事と進行を元上司を中心にした複数人が担当企画。集まったメンバーをいかに楽しませるか、進行スケジュールも綿密に組まれていました。さすがだなぁ。元上司の方々。

 

なんて感心ばかりはしていられなかった。私なんて、辞めてからが長いので、覚えてくださっている人いるかな、と思うくらいだったのに。受付の段階で意味不明のカードを手渡されると、そのまま舞台裏に呼び出され、今感激の再会を果たしたばかりの元メンバーたちとは一瞬で離れ離れに。何なの。何なのよ。この到着早々の展開、聞いてないわっ。

 

舞台裏には同じように指名を受けた創刊期の編集長7~8名が集合していました。「なつかしー」!」「えーっと、誰だっけ、名前名前」なんて皆さん、余裕だけど、私は1人パニックですよ。

なぜならそこには、パンダや猿などの動物やキャラクターの被り物が、これ見よがしに置かれているから。私、それが何を意味するかわかるわけですよ。この被り物を被って、ステージに立って即興のダンスをします。そこからステージを降りてテーブルを回り、メンバーにその姿のままでお酌をするのです。

 

私以外のみなさんは現役バリバリで、人前に出るのも普段通りのことだろうけれど、私は退職してもう10数年。その後も仕事はしたとはいえ、第一線からは完全に退いて、時間給での仕事しかしていません。当時はマイクを持つことも、場慣れのせいで抵抗がなかったけれど、もうなんというか、これを社会性と言っていいのかわからないけど、そういうものは綺麗さっぱり全部なくしてて「無理です!!」。いや、ほんと、本当に無理ですからーーーーー。

扱っていた媒体で女性編集長は私が初めてのことでした。その後は増えていきますが、私の在職時まで、女性編集長は私だけだったんですよね。だから、それなりには止む無く目立っていたわけです。上司や諸先輩方の記憶に残っているわけです。ああ、それでこんな目に、……。

最初は馬をかぶってみたんですけど、これが、馬の胸元辺りに顔を出す感じのやつでしてね。小さな鏡で見ただけでも 7割増し分ぐらいで顔が不細工なりました。隣にいた、その当時、仲も良かった年上同期の男性が、きっと私と同じような感想を持って見かねたんでしょうね。「シェリナナちゃん。それは止めた方がいい」ときっぱり言って、羊に替えてくれました。不細工加減は、2割増し程度に抑えられたと思います。

 

こんなに地味な私ですが、羊の被りもの被って、踊りましたよ、100人以上が見守るステージで。元上司が自分を捨てて踊りまくっていましたもん。昭和風。音楽によっては結構色っぽく。私だって歳はとってても一応の紅一点。ここは本気を出すところだと、上司をお手本に、首を傾げ、両腕を胸の前でクロスをし、腰を振る。

ああ。10数年ぶりに再会するみんなに見せる最初の姿がこれだなんて。

 

私、それなりにお洒落して出席してたんですよね。洋服だって久しぶりに新調したし、ヒールのある靴だって無理して履いた。ここだけの話、朝イチで美容室だって予約した。担当の店長さんにもお願いしました。「前の会社の同窓会で10数年ぶりに仲間に会うんですよ。だから本当はすごく若作りもしたいんだけど、髪型だけ年齢とギャップがあってもマズイじゃないですか。だから若作りとは分からないように、イタくならない範囲で、でもできる限りの若作り、なんとかうまいことやってください」と無理難題。こうして髪まで整えていました。それなのに、踊っていると時々被り物は、ずれるしで、髪ももう、どうなっているか分からない。

 

その後も、突然マイクを持たされスピーチさせられるとか、「もう昔の私じゃないのよ」と言いたくなる思いもしましたけど、それを乗り越え、楽しく過ごすことが出来ました。

 

昔のメンバーの話ももっとしたいんですけど、なんせ3月の話。話したいだけ話していたらいつまでも現実に追いつかないので、ちょっと先に進みます。

 

ここから聞くも涙、語るも涙の50代の就職活動の話になっていきますからね。

短くて内容なくてすみませんね。細々とやっていくんです私。

 

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それから、いつもコメント返信もできていないのに本当にありがとうございます。

今回も早速いただいて、しかもこんなブログなのに、元気が出たとまで言っていただいて。私の方こそ元気が出ますよ。

毎日書くって「言っちゃった感」はありますけど、書けるとやっぱり私が嬉しいですからね。

私、高校時代から日記をつけて寝る子だったんですよ。母を亡くしてからもそれは続いていて、で、私の妹はその翌年病気で若くして亡くなってるんですが、その介護の合間ですら書いていました。短いですけどね、さすがに。それが、妹を亡くして以来、急に書けなくなってしまうんですよ。

日記の復活は、ブログでした。ブログお休みしてる期間、日記に移るということも今ではありませんけど、書いてスッキリするっていうのは、どこか身体に染み付いちゃってるんじゃないですかね。

 

持病で腕が痛いので、「ドラゴンスピーチ」という音声入力のソフトを使ってるんですが、うまく変換できないことが多くて使い辛いなと思っていました。でも今回、大して躊躇することもなくチャラチャラ喋っていると、思ってたよりしっかり言葉を拾ってくれていて、その精度に驚いています。考えながらゆっくりしゃべると、精度が落ちるみたいです。

 

だから毎日書き続けるためにも、この起承転結なし路線で行きます。こんなんですみません。

 

よくわかってないですけどスターとか押してくださったりする方もいらして、ありがたい限りです。元気が出ます。ありがとうございます。今日も更新できたので、個人的に花丸の1日です。

また明日。